49歳で小さなカフェを開業した私の6年後

 

私は2015年、49歳のときにカフェを開業しました。

出だし好調…に見えるだけ

 

「売上」 と思いがちですが、それは少し違います。

11坪17席の私の店はオープン前からの告知や張り出しなどが功を奏したのか、初月のスタートはまずまずに見えました。

モーニングは厳しかったですが、ランチは連日満席。

ところがランチタイムをすぎると一気にお客様が帰られ、平日はそのまま誰も来ないという日もありました。

それでも休日は閉店近くまで来店が続き、売上も始めの2年間は売上は右肩上がりでしたが、借入金を返すと手元には殆ど残らないという生活が続きました。

特に「ママ友」と言われる世代の方が多かったため、給食が終わる7月の終わりから一気に客数が落ち、いわゆる「ニッパチ」の影響を露骨に受けていました。

利益率の悪いランチを補うために夜営業をして拘束時間がどんどん長くなりました。

要領も悪く、仕込みや休憩のタイミングが計れず、閉店後に仮眠をしてから翌日の準備をする毎日。

帰宅は24時に帰れればいいほうで、26時を回る日はザラでした。

就寝は27時、起床は7時。

それでも「カフェをやるのが好き」という思いから借り入れさえ返してしまえば楽になると思いながら毎日を過ごしました。

3年目の地獄

 

オープン3年目

オープンして3年になる頃から、夏の間に落ちた売上が元に戻らない状態に陥り始めました。

店内のオペレーションには慣れ始めた時で、悩んだ末、スタッフにやめていただき(荒っぽい言い方をすればクビにした)、ひとり営業の道を選びました。

仕込みも、調理も、接客も、掃除も、事務処理もすべてひとり。

月末の借り入れが返せず、保険を担保にお金を借りる。

「こんなに頑張っているのに」という思いは歪んでいき、矛先がお客様へ向かいました。

それは呪縛の言葉に耐えられなくなった私の弱さからでした。

「好きでやっているから」の呪縛

カフェ経営は難しい?~ピンチの今だからこそやれること

「好きで初めたんだから頑張らなきゃ」

 

周りに言われ、自分に言い聞かせても、「こんな思いまでしないとダメなの?」と追い込まれていきました。

 

あと10分待って貰えれば座れるのに「また来ます」と言って帰るお客様。

そのやり取りを見ていても「譲りますよ」とは決して言わずおしゃべりを続けるお客様。

お代わりをオススメしても「大丈夫です」とその後水だけで3時間以上滞在するお客様。

毎週来ていたのに100円値上げしたら来店されなくなったお客様。

そんなどこにでもいらしゃるお客様に、「自分の一生懸命作った城を踏みにじられている」という感覚に陥りました。

開業から4年が経過していました。

 

そんな私が唯一楽しい時間を過ごせるのは、常連様と言われるお客様が来店されたときでした。

限界が訪れる

午後8時 閉店

なんとか毎日を乗り切っていた11月、腰に違和感を感じました。

その違和感はだんだん痛みへと変わっていき、その痛みは下肢全体まで及ぶようになりました。

朝は起き上がれるまでに2時間かかり、店内でも常に足をさすっている状態になりました。

それでもお客様が来ているときは座ることができず、状態はどんどん悪化してきました。

オープンキッチンの店内では休憩を取ることもできず(その当時はできないと思い込んでいた)、何度もトイレに行くふりをしたり、見えないところで屈伸をしたりして一日を過ごすのがやっとになっていました。

 

そんな時、あるお客様が来られました。

お話の止まらないそのグループに3時間後、

「申し訳ありませんが3時間を経過しておりますので良かったらお代わりをお願いできませんか?」とお願いしたところ、

「じゃ、帰ります」と返答されました。

 

 

翌週に別のグループが来られました。

もうお代わりのことなど伝える気にもならず、いつまで滞在するのだろうと何度もお冷を注ぎに行き、

そのグループが帰られたのは17時でした。

 

ぷっつりと切れる音がしたようでした。

 

「一旦休もう」

 

それから常連のお客様にお手紙を出しました。

 

1週間後にSNS上で配信したのは

 

「閉店のお知らせ」

 

そのSNSには

「行こうと思っていたのに残念です」

というコメントがたくさん付きました

 

もうそのコメントに返事をする気も起こりませんでした。

 

「閉店」の文字を使ったのは、休んだ後も今の店の有り様には戻らない、違う形を模索しようという気持ちからでした。

 

まだ、諦めたくないと思いました。

目から鱗が落ちたその瞬間、決めた思い

 

小さなカフェの作り方が学べるカフェ開業セミナー~マンツーマンで分かりやすく解説

数日後、ある常連様が来店されました。

 

涙目でした。

 

その瞬間、

これからは誰の方を向いてお店をすべきなのかということを悟りました。

 

年末に300名以上あった顧客リストを1つずつ見直しました。

そして一つずつ消していき、リストのお客様は30名になりました。

 

伝えたい方にはリスタートを切ることは伝えていたので、「閉店」の文字だけが独り歩きしましたが、そんなことはもうどうでも良くなっていました。

 

開業してから4年目にして初めて三ヶ日を休みました。

下肢の不調が少し良くなっていました。

諦めるのはまだ早い

 

おひとりさまにぴったりのミルダカフェ第2ステージは、2/5より本格稼働です

年が開け、しばらく店に出勤する必要はなくなったはずなのに、私の足はいつもどおり店に向かいました。

 

8割失敗した店でも、私にとってはかけがえのない城でした。

 

誰も来ないその店で、私はこれからの営業について一から考え直し始めました。

やりたくないことはすべて排除。

お客様の来店動機に店としてどうお応えできるかを考えました。

Win-Winの関係が築けないと考えたお客様に来店を求めることも辞めることにしました。

 

そして1ヶ月後の2020年2月、新しい形での店のスタートを切りました。

それまで出していたおすすめのランチは辞め、上位メニューにしていた2000円のランチを2500円に値上げして残しました。

滞在時間により価格が変わる「時間制」を導入しました。

 

私のお店は

「ちょっとお茶でも」

「友達とランチで」

というお客様には全く向かない店になりました。

 

そのため、知らずにご来店し、翌日になってクレームの電話を頂いたり、メニューを見ただけで帰られる方が続出しました。

「やっぱり無理なのか」と凹みそうになるそんな中でも変わらず来てくださるのは私がリストに残した30名のお客様でした。

そして新しい店になってからご縁が繋がったお客様も少しずつ増えてきました。

お店の休業中にご縁をいただいたフレンチのシェフとのイベントも決まりました。

 

どうせ一度失敗したのだから、もういつでも辞めれるのだからと覚悟した店が少しずつ生き返っていきました。

試練は続く

慌てず、急がず、地に足をつけて行こうと思った2月下旬。

「コロナウイルス蔓延」

飲食店は軒並み打撃を受け始めました。

しかし私のお店はいつもと変わらない時間が流れていました。

(この間の私のお店の経営上の数字が悪いのが店を変えたからなのか、コロナが理由なのか判断がつかなかったことがわからなかったことも幸いといえば幸いでしたが)

 

この頃、私は休業前にご縁を頂いたフレンチのシェフとのイベントを4月に控えていました。

3月中に席は満席になり、あとはその日を迎えるだけでした。

 

しかし初めはしばらくすれば収束するだろうと思ったそのウイルスは想像を超えて私達の生活を脅かすようになりました。

 

イベントの1週間前、参加者全員に「キャンセルの意思があるかどうか」をお一人ずつ確認していきました。

 

キャンセルされたのは店や私との繋がりのあまりない、興味本位の方だけでした。

 

何があっても変わらずご来店いただけるお客様と、かけがえのない時間を過ごすことができ、その後もこのイベントは定期的に開催しています。

(2022年からは招待制という特別な形を取るまでになりました。)

突然の訃報と最後に父がくれたもの

ワークショップチケット販売中

コロナウイルスの影響は社会的には日に日に悪化していきましたが、大家さんが家賃の値引きに応じてくださったり、重くのしかかっていた借入金の借り換えがスムースに進んでいましたので、お店としてのやりくりには目処が立っていた4月下旬のことでした。

 

父が急死しました。

あまりの突然の死に母は現実があまり飲み込めておらず、また事務的な手続きもたくさんあったため、私は初七日が終わっても店には戻らず、九州の実家でGWを過ごすことにしました。

 

店のことより、母のことが心配だったとはいえ、売上のないお店でどうやりくりするべきか。

それよりも、このコロナウイルスの蔓延しているなか店を営業することが正義なのか。

迷った私は、実家のパソコンからある配信をしました。

 

「未来チケットを買ってください」

 

お世話になっていたWebの先生に簡易的に作ってもらったランディングページに正直な思いを込めて、殆ど割引のないチケットを販売しました。

 

1ヶ月の家賃を優に超えるチケットを買ってくださったのは、常連様が中心でした。

「内容はよくわからなかったけど、とにかく大変なのは分かったから買ったんです」

 

私はこのときのことを忘れることは決してありません。

一生忘れないイベント

夏になってもコロナウィルスと共存する生活が続きました。

お店の営業自体は国からの補助金もあり諦めずに続けることができ、5周年を間近に控えたときでした。

 

お客様のひとりにチョークアートを趣味にしているかたがいらっしゃいました。

 

「9月の4連休に奥で絵を描かせて欲しい、お金は要りません」

 

そうやってコロナ禍の中開催した5周年のイベントには、常連様、未来チケットを購入してくださった方の殆どが来店してくださり、壁画は総勢40名の手の入った一生の宝物になりました。

 

5周年が終わった後、私は店への来店を2名までにすることに決めました。

感謝の気持ちを形に

お客様にお礼申し上げます

万人に受け入れられる店舗は私に取っては必要のないものになりました。

いや、そういうお店を作ろうとしていた私が間違っていたのだと思います。

今でもメニューを見て帰られるかたはたくさんいらっしゃるし、使い勝手の悪いお店であることは私自身がよく分かっています。

オープンして2年目に比べたら売上は約半分。

でも不思議なことに手元に残っているお金はさほど変わりません。

 

世の中にはたくさんの飲食店があります、たくさんのカフェがあります。

そのどのお店よりも私は素晴らしいお客様に囲まれていると自信を持って言えます。

 

6周年を迎えた2021年9月11日、

そのお客様方に感謝の気持ちを込め、いつもランチをお願いしているシェフにお願いしてディナーのイベントを行いました。

 

お箸で食べる全10品のフレンチ。

お店の取り分はゼロ、お土産を含むと赤字でしたが、単価8,000円近くするこのイベントは2回転満席となり、

周年を祝うお花に囲まれてお金では買えない時間をお客様と一緒に過ごしました。

本当に幸せなカフェ経営

 

営業時間は12時間から6時間になり、休むことなんて殆どなかった私の生活はそろそろ週休2日になりそうです。

大好きなお客様だけに囲まれて、贅沢はできないけど自由な時間を過ごせるならば

これを「本当に幸せなカフェ経営」と言わず何と言えばいいのでしょうか。

 

もし、あなたがカフェの経営で3年前の私と同じ思いをしているなら、少しでも参考になるのではないかと思います。

 

カフェの経営は難しい。

でもこの上なく楽しいものです。

まだまだブログ書いています(^^)

 

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